連れ込まれた2頭の犬

先日、私がアドバイザーをしている犬舎に、2頭の犬が連れ込まれた。

その犬たちはそこの犬舎で生まれたものではないのだが、オーナーが突然車でやってきて、We don’t need them「もうこの犬たちは必要としないわ」と言って置いていったというのだ。

私はそのneedという言葉を聞いてショックを受けた。まるで、机や椅子のように、必要だから買って、要らなくなったから捨てる。その言葉から、私は、冷たい心を感じてしまった。

2頭の犬たちは良く世話をされていたのが分かる。

 

しかし、これだけ世話をして暮らしてきた2頭を、その家族はなぜ捨てる気になったのだろうか。

オーストラリアでは、離婚した夫婦が、一緒に住んでいる時には犬と一緒に住める環境にいたが、別々に住むようになって、環境的にも財政的にも犬と一緒にいることができないために、愛護団体に連れていく、つまり捨てるケースがあるというのは聞いたことがあるのだが。

 

しかし、最近の傾向は、離婚した夫婦の間で、どちらが、犬や猫たちの親権をとるのか争うケースが多くなっている。

 

オーストラリアに来て驚いたのは、実に離婚のケースが多いということ。

現在は日本でも離婚するケースが多くなったが、昔の日本は離婚がほとんどなかった。だから、30年以上前、オーストラリアに来た当時、ここでは3組に1組が離婚すると聞いてかなり驚いた。

同時にホッとしたということもある。私はシングルマザーでこちらに来たけれど、片親だけで住んでいる子供たちは多かったから、娘はあまり違和感を感ぜずに生活ができた。

 

オーストラリアの離婚率は、相変わらず高い。

離婚率は30年前と変わらず、今でも3組に1組は離婚している。人間の場合、つまり人間の子供については、様々な法律が完備されていて、ケースバイケースの場合もあるが、子どもたちは二人の親たちの間を行ったり来たりするのが、オーストラリアの常識になっている。

では、それがペットだった場合には一体どうするのだろうか。

 

 

「ペットは資産」

 

現在のところ、オーストラリアも含めた西欧諸国では、ペットは、familyではなく、propertyつまり、資産としてみなされている。

2016年カナダでのこと。

ヘンダーソン元夫妻は、法廷で、彼等のペット犬を、人間の子供と同等に扱い、親権、訪問の権などについて争うことができるように求めた。彼らには2頭の犬たちがいたが、妻はこの2頭の犬たちの親権を求め、離婚する夫には彼らを訪問する権利を与えるように求めた。

この際、妻は、「夫はどちらかというと猫が好きで、犬たちには真正面から向き合わなかった」という数々の証拠も提出、メインの親権は自分に欲しいと要求したが、判事は、ペットは子供と同じではないので、この件についての裁判はできないと言う結論を出した。

ペットは子供と同じではないという理由は、「子供と違い、ペットは売買できる。子供と違い、ペットはビジネスとしての繁殖活動から入手できる。

子供と違い、手に負えなくなった時や治療不可の病気を持った時などは安楽死を選択することができる」。両者の間でペットについての和解ができなければ、法律に基づいて、ペットを資産とみなし、オークションにかけ、オークションから得られた金を両者に半分ずつ配当すると伝えた。

 

ペットの保有率が世界的にも高いオーストラリアでも、今、離婚とペット問題が様々に議論されている。

しかしながら、この問題は、実績のない法律の問題を絡めずに、夫婦二人の間で解決すべきだと、オーストラリアも含めて各国の弁護士たちがアドバイスをしている。

 

しかしながら、離婚とペットの問題は、年々深刻になっているのが現実で、資産の整理などはうまくできても、こと、ペットのことになると問題解決のめどが立っていない。

多額のお金を使って、法廷で争うケースが増えて、10年前は動物に関するコースは、大学の法学部にはほとんど存在せず、世界でわずか6つの大学だけがアニマルローを学ぶコースが存在しただけであったが、現在は、世界的にもトップのエール大学やハーバード大学などを含めて、何と90もの大学が、アニマルローのコースを開設しているほど。

シドニーの弁護士は、最近、人間と同じく、”petimony’ ペットモニーという書類を作成して、親権の問題、訪問の権利、またペットたちが病気した時の経費の支払いなどについての同意書を作成しており、これを、結婚時に同意させることにした。

アニマルローの分野は、ますます必須になっていく感じがする。

 

 

ペットと離婚問題

例えばうちの夫婦が離婚訴訟中だとする。(…これは単なる例なので…というか、こんなことが起きたら困ってしまうのだが。)

裁判所で、私は主張する。「うちのサリーは、私によくなついています。主人より、私の方がサリーは好きなのです」。

証拠は?「ご飯をやるのは私の役目ですし、散歩も私です。サリーにとって私は、母親なのです」。(正直この主張はあまり確かではない…。私がいない時には主人が私に代わってするわけであるから。)

そこで、裁判長は、では、裁判が行われる法廷内に、サリーを連れてきて、彼女はどちらが好きなのか試してみる。

しかしながら、この方法は、英語で言うと、なかなかtricky(トリッキー)である。

トリッキー?つまり、正しいのか正しくないのか、判断が付きにくい方法なのだ。

 

例えば、主人がポケットにトリーツを持っていれば、サリーは間違いなく主人に行くし、逆に私がトリーツを持っていたり、その匂いが私の服についていれば、サリーは私のところに最初に来るかも知れない。

サリーのその時の気分もあるかもしれないし…。

自宅にいると、普段は、ソファーに座っている主人と私の間に、サリーが割って入ってくるのだが、その日によって、先に主人のところにいって彼の膝に顎をのせたり、違う日は私のところに、先に来たりする。

サリーは、彼女のその時の気持ちや、あるいは都合でどっちに行くか、彼女が決めるのだ。私がサリーをまだ散歩に連れて行っていない場合には、ねえ行こうよ、あるいは、「ねえ、今日はまだ散歩してないわよ。もう時間でしょう」と、私に対する合図の意味で私のところにやってくる場合もある。私に対する深い愛情というよりは、私に命令をしているのだ(苦笑)。

つまり、一回呼んで、その人のところに行ったからと言って、ペットの場合、特に犬の場合には、その人が一番好きだとは言うことはできない。

猫であれば、判定はもっと難しい。

 

ペットのウエルフェアという言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、単に食べさせたり飲ませたり、排せつをさせるだけでなく、彼等を精神的にも幸せにしてやることだ。

 

 

「犬は家族の中で幸せを見つける」

 

犬は一人では幸せにはなれない。彼らは、群れ、家族の中で幸せを見つける。

その家族にいさかいがあった場合には、観察眼の鋭い彼らにはすぐわかる。

離婚や家族がバラバラになる事態になると、犬たちはbehavioural problems(問題行動)が出たり、separation anxiety(分離不安障害)が出ることがあると専門家たちが言う。

人間は寂しくなると、ペットに頼るが、離婚訴訟中に、彼らがどんなに不安に思っているかということには無頓着になる傾向がある。

ただし、離婚に至るまでに、夫婦間にいさかいがあり、離婚ということにより、いさかいがなくなれば、ペットに平和で安定した生活が戻る可能性はある。

 

人間の子供の場合も同じだと、私は考える。難しいのは、親権をもった方がペットにとって適正な環境だったのかどうかということ。

これは、時間を経なければ判断しにくいこともあるので、本当に難しい。

また、行ったり来たりが、ペットにとっていい環境なのかということも、我々人間には分かっていない。

専門家の意見では、「犬は、家族、つまり群れで暮らすのが幸せなのです。ですから、その群れが壊れてしまうということ、ペットにとってそれは、death(死)と同じことです。Sense of security、つまり安定した環境がもうないわけなのですから」。

 

じゃあ、どうしたらいいのだろう?

 

最初に話をした捨てられた2頭は、実は8歳の犬の方は、私の元の隣人で若い看護師のエマにもらわれ、4歳の犬の方は、日本人とオーストラリア人のご夫婦で2人の子供がいる家庭に貰われていった。

家族と別れ、更に、兄弟とも別れたこの2頭は、どんなに不安で寂しい思いをしたことだろう。

彼らの気持ちを考えると胸が潰れそうだ。理想的には2頭一緒がよかったのだろうが、なかなか2頭一緒に飼える家族はいない。

しかし、それぞれ貰われた人たちが本当にいい人たちなので、辛さを乗り越えてきっと幸せな生活をするだろうと確信している。

 

 

ペットは「家族」

 

ペットのためにも、できれば離婚はしないほうがいい。

離婚をしない努力をすべきだというのが私の考えだ。

甘いかな?

しかし、どうしても離婚をすると決心したのであれば、どうしたらペットが幸せになれるのか、彼等のwellbeing(ウエルビーイング)を、夫婦の間で考えるべきだ。

法律では、「もの」として扱われるペットは、「家族」なのだから。

 

この原稿を書きながら鬼子母神の話を思い出した。

愛するからこそ、手を離した母親の話だ。愛するのであれば、これも一つの選択である。辛い選択ではあるのだが…。

そして、もう一つ思い出したのは、オーストラリアで結婚した日本人夫婦のこと。

離婚して、妻は日本に戻る。オーストラリアに残った夫は、

「空港で思わず泣いちゃったよ。女房と別れるのがつらくて泣いたんじゃない。一緒に日本に行ってしまったワンコをみてさ」。

 

 

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